1980年代の校内暴力全盛期、あるいはその余韻が残る90年代初頭。中学校や高校の廊下で、ズルズルと裾を引きずり、バサバサと風を切る音をさせて歩く男たちがいた。彼らの足元を覆っていたのは、まるで建築資材の土管のごとき太さを持つズボン、通称「ドカン」である。
短ランや長ランといった変形学生服(学ラン)のボトムスとして、ボンタンと双璧をなすこのアイテム。しかし、そのスタイルが放つメッセージは、ファッショナブルなボンタンとは一線を画す「硬派」なものであった。本記事では、歩きにくささえも美学とした漢(オトコ)たちのこだわり、ドカンの世界を徹底解剖する。
ドカンの定義と黄金比「直線の美学」
ドカンとは、その名の通り上から下までズドンと太い「土管」のようなストレートシルエットを持つ変形ズボンを指す。
標準的な学生ズボンのワタリ幅(太もも部分の幅)が32〜33cm程度であるのに対し、ドカンは40cm、50cmは当たり前、中には60cmを超える極太モデルも存在した。
ドカンの最大の特徴は、スソ幅の広さにある。一般的なズボンは足首に向かって細くなるが、ドカンはワタリ幅とスソ幅の差が少ない。
例えば「ワタリ50cm・スソ35cm」や、完全なストレートである「ワタリ50cm・スソ50cm」といったスペックが愛された。数字だけ見れば異様だが、実際に着用すると、重力に従って落ちる生地が太い柱のような重厚なラインを描き出す。これこそがドカンの真骨頂だ。
風を受けて大きくはためくその姿は、周囲に対し「俺はここにいるぞ」という強烈な威圧感と存在感をアピールする。実用性を完全に無視したその無駄な布面積こそが、当時のヤンキーたちにとってのステータスだったのである。
「丸みのボンタン」対「直線のドカン」
よく混同されるが、「ボンタン」と「ドカン」は似て非なるものである。この違いを理解することこそ、変形学生服を語る上での第一歩だ。
ボンタンは、ワタリ幅が広く、スソに向かって急激に絞り込まれる「ニッカポッカ」のような丸みを帯びたシルエットが特徴だ。これは『ビー・バップ・ハイスクール』のトオルやヒロシのように、喧嘩のしやすさや、どこかスタイリッシュな色気を感じさせる「不良のお洒落」として好まれた。
対してドカンは、絞りのない「直線」である。そのシルエットは、飾り気のない無骨さや、何者にも屈しない頑固さを象徴する。
もともとドカンスタイルは、明治・大正のバンカラ文化を受け継ぐ「応援団」の正装に近い。そのため、チャラチャラした不良ではなく、硬派を気取る「番長」クラスや、一匹狼タイプのヤンキーが好んで着用する傾向があった。「流行りのボンタンには流されねぇ」という意志表示として、あえてドカンを選ぶ者も少なくなかったのである。
カタログで見た憧れと「ドカン狩り」のリスク
当時、地方のヤンキー少年たちのバイブルとなっていたのが、雑誌『チャンプロード』や『ヤングオート』の裏表紙に掲載されていた通信販売の広告だ。「ベンクーガー」「ジョン・カーター」「ブラックワン」といった有名メーカーのカタログを取り寄せ、休み時間になるたびに仲間とワタリ幅のスペックを比較し合うのが日常だった。
裏地にもこだわりが詰まっていた。極太のズボンを脱ぐと、内側には紫や赤のサテン生地が張られ、そこに龍や虎、あるいは「天下無敵」「全国制覇」といった刺繍が施されている。見えない部分にお金をかける江戸っ子のような美学が、そこにはあったのだ。
足元は、先端が尖ったエナメルシューズを合わせるのが定番だったが、より硬派なドカン愛用者は、雪駄(セッタ)やサンダルを合わせ、裾をボロボロに引きずって歩くことを好んだ。
しかし、目立つことはリスクを伴う。他校の生徒による「ボンタン狩り」ならぬ「ドカン狩り」や、生活指導の教師による没収である。高価なドカンを奪われないよう、登下校中は標準ズボンを履き、校内や放課後の溜まり場でのみドカンに履き替える「早替え」のテクニックを駆使する者もいた。
不自由で、金がかかり、大人たちから目の敵にされる。それでも彼らがドカンを履き続けたのは、それが単なる布切れではなく、己のプライドを包む鎧だったからに他ならない。
